カナダの夜間学校体験記
これは、私が経験したカナダの夜間学校の話です。かなり前の話ですから、現在の状況とは異なるところが多々あると思います。そのつもりで読んでいただけることを、最初にお願いいたしておきますね。
Graduation without diploma
行ったのは夜間高校の英語(国語)の授業でした。私が知っている日本の夜間高校とは事情が異なっていました。夜間授業の主な目的は、高校はすでに卒業しているが、単位が足りなくて卒業証書( diploma )を持っていない人を救済するためでした。話が少々ややこしいですが、アメリカやカナダでは州により、単位が足りなくても卒業ができます。こうした生徒は graduation without diploma といわれ、生徒は卒業式後に職業に就いています。ただし、卒業証書を提示できないと、良い条件の職業には就けないため、卒業証書を獲得してさらに条件の良い職場に就こうとします。ですから、落とした単位の科目だけ受ければよいようです。
この制度は、単位を落とした人に限定することなく、門戸が広く開かれていました。例えば、移民してきた人が高校レベルの英語にまで、英語力に磨きをかけようとするケースや、一般の人が単位を取るのが目的ではなく、勉強したいということで聴講生のような形で参加することもできました。私がいたクラスの受講生は18歳くらいから高齢者まで、バラエティに富んでいました。中には立派な職業に就いていて、きれいな英語を話す人もいて、どうして単位を落としたのか不思議で、びっくりしました。全般の印象では、授業態度は若い人ほど熱心なようにみうけられました。授業料は当時 1 科目あたり千円くらいでした。これでは賄いきれませんから後は税金でカバーされていると推測していました。税金というものは、こうゆう風に使うものだと実感させられたことを覚えています。
先生はどんな人?
先生も夜間だからといって手を抜きませんという厳しい人から、出席していれば単位を出しますよ、というやさしい先生までいろいろいるようでした。私の場合は厳しい方の先生で、ある意味ラッキーでした。内容が濃くて、受講料があまりに安いと感じられたことも印象に残っています。学校にかかる運営費は、地域の固定資産税でまかなわれるという話でした。
さて、北米で高校生が一番落としやすい科目が何であるか察しがつきますか?なんと、英語すなわちアメリカやカナダ(フランス語圏のケベック州を除く)の国語だそうです。数学や化学とかがすぐに思い浮かびましたが、国語だったそうです。確かに先生が文法の話をすると、生徒はチンプンカンプンな様相でした。文法をみっちり叩き込まれた私には、何を今更という程度の内容でしたが。
授業のなかみは?
やさしい国語(英語)の先生は「シェークスピアはありません」と安心させてくれます。私のクラスでは、厳しい先生でしたが、シェイクスピアのロミオとジュリエットの代わりに「West Side Story 」でもよいと言っていました。どうやら、シェークスピアでつまずく人がいるらしい。
あそれでも、1セメスター(semester 二学期制)の間に、共通の授業としては、 Lord of the Flies の通読と講義、映画鑑賞(Marty)と感想文の提出、その台本の一部を寸劇として演じる、新聞各社の headline の書き方を比較検討するという課題もありました。その他に、自分で選んだ本を一冊完読します(book review)。それについて、感想文の提出と発表がありました。また、映画を一つ自分で選択して、その感想文の提出。などなど盛りだくさんな内容です。ヘッドラインの比較検討は、同じ内容にもかかわらず、センセーショナルな書き方をしている新聞もあれば、headline を読んだだけで、私にも内容がよく伝わる新聞もあり、まさに、勉強になりました。
ということで、日本での授業のように国定教科書というのはありませんでした。授業では、共通の教科書としては一冊、共通の映画が一つとその映画のシナリオの一部ではなかったかと記憶しています。Book review も Movie review も自分で作品を選びなさいということでした。作品選びには、先生にアドバイスを受けることも、もちろんできましたが、自主的に選ぶのが原則なようでした。
あHAIKUという課題もありました。私の幼稚なできばえに、日本人だからと期待していたように見受けられた先生は、がっかりしていました。私は語彙がかなり限られているため難しすぎました。外国語である英語を駆使して、一言で色々な意味を凝縮している単語を捜すなんて、鼻血が出ほど逆立ちしたって、できるはずがありませんからね。筆記テストは3回くらいありました。
圧巻だったのはLord of the Flies の講義でした。文芸作品の構造というか、仕組みが解説され、作品の中でどこにそうした仕組みが見られるか教えてもらいました。例えば、 protagonist と antagonist、symbolism, juxtaposition, parallelism といったことです。一冊の本をまるまる読みます。授業では一冊の作品をすべて終了するまで、テーマについて議論されることはありませんでした。私が日本で受けた国語の授業と違い、とても興味深く受講しました。私が思い出す日本でのテストでは、読んだこともない作品の数行が示され、何がテーマか答えなさいなどという問題がありました。カナダで受けたこの課題では、最後まで通読してから、さてテーマは何か話し合いましょうということでした。この作品は北米の国語の教科書として、広く採用されているらしく、いわゆる、授業の参考書もインターネット上の資料もたくさんあります。だから、テーマについては生徒は正解を知っている人が多かった気がしました。作品全体を通してテーマに沿った流れになっているという、作品の構造がよく理解できました。
あこの授業を受けた後で、私の文学作品とか小説や映画も含めて、読み方、観賞の仕方がすっかり変わりました。作品の持つテーマや作者が何を伝えたいのか分かるようになりました。英米の文学作品は、たいてい、作者が訴えたいものがあり、テーマもしっかり表現されているものが多いのだと理解できました。もちろん、明確なテーマは持たずに、ストーリー展開のおもしろさを追求した娯楽作品もたくさんあります。それはそれでおもしろく読んだり見たりしています。ただ、映画でも、ストーリー展開のおもしろさを追求して成功した作品はおもしろいですが、そうでないと、私には芯がないというか what is your point? と言いたくなるほどつまらないものになります。もちろん、日本の文学や小説などが、必ずしも英米文学と同じ構造をとったり、symbolism などを備える必要があるとは思っていません。この辺のことは文学論が専門の先生方のサイトにおまかせしたほうがよいようです。
俗語表現もあります
この作品の中には「I don’t know nothing .(脚注1)」みたいな、日常の会話表現がでてきて、そうゆう表現に慣れていない私が解釈に混乱していると、いかにも机上で英語を勉強してきたなーというふうにみられ、先生にも周りの生徒にもおもしろがられました。こうゆう表現は日本では、書店に売っている英語教材には絶対にといってよいほどでてきせんよね。それというのも、登場人物の中に cockney (脚注2)を話す少年がいるためです。
その他で印象に残っているのは、先生が教えることを楽しんでいるようでした。夜間授業ですから、昼間に加えての仕事だと思いますが、私にも意地の悪い出題をするでもなく、英語がうまくないからと特別扱いすることもなく、授業を受けている誰にでもフェアな態度で、私も自然体で勉強できました。外国からきた人たちを扱いなれている様子でした。
また、生徒も先生より年齢が高い人もいましたが、全員が平等に生徒になり、チームを組む時も、生徒同士にかなりの年齢差があってもチームを組んで勉強していました。この辺のことは、移民や外国人にいつもフェアな態度を取るようにという、国の政策が、国民に浸透しているのではないかと推測されます。
日本には日本の実情に適した学校があります
日本には、病気やけがなどの不可抗力や個人的な事情により、途中で高校卒業資格を断念した人たちには、別な方法というか制度が用意されています。通信制の学校を利用して、自分のペースでで勉強して、高校卒業資格や大学受験資格を取れる仕組みがありますから、国によりいろいろですね。
こうした様子から見ると、日本でも大学に行くには、受験勉強が大変ですが、アメリカやカナダでも大学を目指すには、平均点80%以上を維持している必要があり、高校の3年間は勉強地獄なようです。
カナダでは、College や Community College などが社会人向けに積極的に各種のクラスを開設しています(夜間や週末も多い)。コンピューターのプログラミングをはじめ服飾デザインのコースまで実にさまざまでした。私は英語の writing コースをいくつか取りました。ある大学の社会人向けの writing コースを終了した後で、講師に私の英語の writing レベルを聞きました。そのときに、college か高校のクラスがとれるのではないかと、アドバイスを受けました。これが、私が夜間高校を選んだ理由です。また、こうしたコースの授業では、人数も少ないため、自分の英語の弱点で特に気になるところを知ってもらい、重点的に見てもらうことが可能です。私は、 a と the の使い方がよく分からないから見て欲しいとお願いしました。
脚注1: I don’t know nothing 私たちが習う英語では I don’t know anything とか I know nothing です。俗語表現、主に話し言葉。 I don’t see nothing なども同じです。
脚注2: cockney (コックニー)は上のリンクをクリックすると日本語での解説があります。実際の例は YouTube などで EastEnders や cockney、cockney TV show などで検索するとコメディの TV ドラマをはじめいろいろなサイトが出てきます。発音がかなり違うので戸惑うかもしれません。